トンカツ、豚しゃぶ、ハンバーグなど、豚肉はさまざまな料理に使われています。しかし一方で、牛肉のユッケなどのように豚肉を生で食べる習慣はあまりありません。これは、豚肉を生で食べると食中毒や感染症を引き起こす危険があるからです。
今回は豚肉をなぜ生で食べてはいけないのか、起こりうる食中毒や感染症も詳しく見ていきましょう。万が一生で食べてしまったときの対処についてもご紹介します。
豚肉を生で食べてはいけないのはなぜ?
豚肉を生で食べてはいけないのは、E型肝炎ウイルスをはじめとした食中毒や寄生虫などの感染リスクがあるからです。E型肝炎ウイルスは一過性の急性肝炎であるE型肝炎を発症することがりあり、皮膚や目が黄色くなる黄疸や発熱、食欲低下、腹痛などA型肝炎とよく似た症状が見られます。
B型肝炎やC型肝炎のように慢性化することはありませんが、重症度や致死率はA型肝炎よりも高いとされ、劇症化することもあります。特に妊娠後期の方がE型肝炎を発症すると劇症化しやすく、致死率は20%にものぼるとされています。E型肝炎ウイルスや寄生虫は肉や内臓の内部にまで入り込んでいることがありますので、中心部までしっかり加熱する以外には安全に食べる方法がないのです。
そのため、平成27年6月12日から「食品・添加物の規格基準」に豚の食肉の基準が追加され、豚の内臓を含む食肉を生食用として販売・提供することが禁じられました。これは、もともと平成23年4月にとある飲食チェーン店で牛の生肉からの腸管出血性大腸菌による食中毒事件で5名の死者と多数の重症者が出たことを受けて牛の食肉の規格基準が適用され、さらに平成24年7月からは牛レバーを生食用として販売・提供することが禁止されたことが由来です。
これを受けて、豚もレバーを生食用として提供している実態があることを含め、食品衛生法に基づく規格基準やガイドラインの対象となっていなかった食肉について、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会が規制のあり方などを検討し、以下のような基準を追加することとなりました。
- 未加熱や中心部まで十分な加熱をしていない豚の食肉は、加熱用として販売されなくてはならない
- 未加熱や中心部まで十分な加熱を行っていない豚の食肉を直接消費者に販売する場合、中心部まで十分に加熱してから食べることを伝えなくてはならない
- 豚の食肉を調理等を行って直接消費者に販売する場合、豚の食肉の中心部の温度を63℃で30分以上加熱する、またはそれと同等以上の殺菌効果がある方法で加熱殺菌しなくてはならない
- 消費者が加熱してから食べることを前提として、豚の食肉を使った食品を販売する場合、中心部まで十分に加熱してから食べること等を消費者に伝えなくてはならない
- 食肉製品に該当する食品の場合、別途規格基準が設けられているため、本基準の対象外
この基準で規定される「豚の食肉」とは、食用にする全ての内臓を含む豚肉が対象です。
牛に続いて豚の食肉についてもこのような基準が設けられたのは、生食用としての豚肉が提供されている実態があるが、前述のE型肝炎ウイルスの他にも食中毒を引き起こす菌や寄生虫が検出されていることが挙げられます。
こうしたウイルスや寄生虫は内部汚染であり、中心部まで加熱する以外に食中毒リスクを下げられないことから、生食を続けることは公衆衛生上のリスクが大きいと結論づけられました。そのため、法的に生食用としての提供が禁じられたのです。
豚肉の生食で起こりうる食中毒・感染症の種類とは?
では、具体的に豚肉を生食してしまったときにどんな食中毒や感染症が起こる可能性があるのでしょうか。主なものとしては、以下の6種類が挙げられます。
E型肝炎ウイルスって?
豚の生レバーや生の豚肉から感染する危険があり、人から人への二次感染の可能性もあります。15〜50日間(約6週間)の潜伏期間があり、一般的に発症から約1ヶ月で完治することが多いです。症状としては以下のようなものが見られます。
- 38℃以上の高熱
- 発熱後の全身の倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、右季肋部痛など
- 褐色尿、黄疸
また、最初にご紹介した通り、妊娠中(特に妊娠後期)の方が感染すると重症化する可能性が高いため、注意が必要です。症状によっては、専門的な治療が必要になることもあります。生の豚肉や豚レバーはしっかり加熱して食べることが重要で、調理器具を清潔に保ち、生の豚肉を触った後は手洗い・うがいをしっかりしましょう。
サルモネラ菌って?
鶏卵からの感染がよく指摘されるサルモネラ菌は動物の腸管内や下水、川、湖などの自然中に存在し、豚の生肉から感染することもあります。潜伏期間は6〜72時間程度で、激しい腹痛や下痢・発熱・嘔吐などの症状が見られます。また、ケースとしては多くないものの、症状が落ち着いた後に長期間にわたって保菌者となる場合もあります。
サルモネラ菌は乾燥に強いのも厄介なポイントの1つです。肉や卵は75℃以上で1分以上加熱し、生や半生の状態で肉を食べないよう気をつけましょう。卵の生食は新鮮なものだけに限り、低温保存を心がけましょう。
カンピロバクターって?
カンピロバクターは家畜や家禽類の腸管内に生息し、主に鶏の肉や臓器、飲料水を汚染します。しかし一方で乾燥には非常に弱く、通常の加熱処理でほとんど死滅するため、患者としてはバーベキューや海外旅行の際に間違って食べてしまった0〜4歳児、15〜25歳の若者などが多く報告されています。
潜伏期間は1〜7日で、発熱・倦怠感・頭痛・吐き気・腹痛・下痢・血便などの症状が見られますが、治療を行わなくても自然治癒で完治することが多いです。調理器具を熱湯消毒してよく乾燥させることや、65℃以上で数分間の十分な加熱を行うこと、生肉と他の食品が触れないようにすることなどで感染のリスクを減らせます。
腸管出血性大腸菌って?
主に牛や豚の腸管に生息する腸管出血性大腸菌は、ベロ毒素を産生して腹痛や下痢・嘔吐などを引き起こします。2〜9日間の潜伏期間ののち、長ければ約6週間も症状が続くことがありますが、人によっては感染しても症状が出ないこともあります。
これらは免疫力による個人差だと考えられており、日頃から規則正しい生活やバランスの良い食生活など、免疫力を高める工夫を心がけましょう。生の豚肉や牛肉は中心部までしっかりと火を通してから食べるとともに、二次感染を避けるため、生肉に触った後やトイレの後は手洗い・うがいをしっかり行いましょう。
トキソプラズマ症って?
トキソプラズマとは寄生虫の一種で、豚の生肉や半生肉を食べる習慣のある国や地域で感染者が多い傾向にあります。トキソプラズマ原虫と呼ばれる寄生性の原生生物に感染すると発症しますが、免疫系に異常がなければ症状が出ないか、軽度の急性症状が出て自然治癒で完治することが多いです。約1週間の潜伏期間を経て、風邪のような症状を引き起こします。
しかし、HIVなどで免疫機能に異常をきたしている人の場合は重症化しやすいほか、妊娠中の方が感染すると死産や流産を引き起こす可能性がありますので、注意が必要です。生や半生の状態で豚肉を食べないよう注意し、豚肉を食べるときには中心部までしっかり火を通しましょう。
豚肉にいるその他の寄生虫って?
その他の寄生虫としては、「有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう)」というミミズのような見た目の寄生虫が赤身に多くくっついていることがあり、生や生焼けの豚肉が感染源となります。最近では、海外からの輸入キムチなどに寄生虫が付着していて、食べた人から感染が広がるケースも報告されています。
主な症状としては下痢や腹痛などですが、寄生虫が中枢神経に入り込んでしまうと、痙攣発作や神経徴候が引き起こされることもあり、非常に危険です。この「有鉤条虫」を死滅させるためには、豚肉を-5℃で4日間(または、-15℃で3日間か、-24℃で1日間)冷凍するか、中心部を60℃以上で数分間加熱しましょう。
豚肉を生で食べてしまったときは、どうすればいい?
前述のように、生の豚肉にはさまざまな病原菌や寄生虫がついている可能性があります。生肉や生焼け状態の豚肉を食べても菌がついていない可能性、発症に至らない可能性もありますが、もし食べた後で以下のような症状が出てきたら、すぐに医療機関を受診しましょう。
- 発熱、高熱
- 下痢、嘔吐
- 激しい腹痛
症状が現れるまでの時間は菌やウイルスによって異なりますが、早いもので約6時間、遅くてもだいたい7日間の間に何らかの症状が現れます。ですから、7日を過ぎても体調に変化がなければ、感染の可能性は低いと言えるでしょう。
ただし、E型肝炎ウイルスの場合は潜伏期間が15日〜50日程度と長く、症状も風邪に似ていてわかりにくいことが多いため、思い当たることがあればすぐに医療機関を受診しましょう。
また、カンピロバクターによる食中毒の場合、前述のような症状の後で「ギラン・バレー症候群」という手足のしびれや麻痺などの後遺症が現れることがあります。
基本的に回復する症状ですが、重症化すると自力で歩行できなくなるほどになることもありますので、軽い症状だから、ただの下痢だからなどと油断せず、思い当たることがあれば早めに病院を受診しましょう。
豚肉を生で食べないために調理で注意することとは?
豚肉を生で食べないためには、まず調理中にしっかり火を通すことが重要です。レバーは中心の赤みがなくなるのを確認し、ローストポークやひき肉、筋切り肉、タレに漬けこまれた肉など、どんな形や調理法の豚肉であっても中心部までしっかり火を通して食べましょう。
特に、バーベキューや焼肉では友人や家族と楽しく喋りながら焼くことが多く、中心部が生焼けになっていることに気づかなかったり、ちょっと赤いけれど大丈夫だろうという油断が生まれやすかったりします。食中毒を引き起こさないためにも、油断せずしっかり中心部まで焼いてから食べましょう。
また、生肉を触ったトングや菜箸から二次感染を引き起こすこともあります。生肉を触った菜箸やトングと調理後の食事を取り分けるトングや菜箸は分け、食べるときには清潔な箸やフォークなどを使いましょう。特に、外食時に小さな子どもがわからず生肉用の箸やトングを使ってしまうことがありますので、注意が必要です。
厚生労働省の基準によると、豚肉の中心部を75℃で1分以上、または63℃で30分以上加熱すれば病原体を死滅させられると言われています。厚みのあるハンバーグや、トンカツなどの揚げ物は、火が通ったかどうかを以下のように判断すると良いでしょう。
- ハンバーグ
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- 真ん中を竹串で刺し、透明の肉汁が出てきたら十分加熱されている
- 赤い肉汁が出てきたら、加熱が足りない(心配な場合は、真ん中で割って断面を確認する)
- 外側が焼けていても中が焼けているとは限らないため、表面だけで判断しない
- 揚げ物
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- 揚げた後も余熱で中の肉まで火が通るため、揚げた後3分程度待つと良い
- 多めの油で揚げ、肉が油の中で完全に浮いてきたら揚げあがり
- 心配な場合は、揚げ終わったら真ん中で割って断面を確認する
ハンバーグは大人にも子どもにも人気の料理なので作る家も多いですが、厚みがあって短時間で火を通すのは難しいです。最初は弱火〜中火でフタをしながらゆっくりと時間をかけ、しっかり中まで加熱しましょう。また、焼くだけではなく煮込みタイプのハンバーグにすると、内部にもしっかり火が通りやすいので安心です。
トンカツなどの揚げ物の場合、油の処理が面倒である、油の摂りすぎを避ける、などの理由でできるだけ少ない量の油を使う家庭が増えていますが、しっかり中まで火を通すためには、たっぷりと油を使い、じっくり揚げることが重要です。底に沈んでいた肉がふわりと浮いてくるころが揚げ上がりのサインとされています。
もし、揚げ物を引き上げた後に断面を切って、まだ中が赤かったという場合、再び油に入れて揚げ直すわけにいきません。そんなときは、ラップをかけずに電子レンジで30秒ほど温めて確認するのを赤みがなくなるまで繰り返しましょう。電子レンジで短時間の加熱であれば、揚げたての美味しさを損なうことなく食べられます。
肉のタンパク質は一般的に65℃前後で固まりはじめ、肉汁が流れ出てきます。この温度は、ちょうど食中毒を引き起こすさまざまな病原体が死滅していく温度でもあります。ですから、肉の中心温度が65℃になるようにじっくり時間をかけて弱火で加熱することが、ジューシーな肉を安全に食べる方法と言えます。
最初から強火にすると表面だけが焦げてしまいますので、火加減に注意しながらじっくり中まで火を通し、美味しい豚肉料理を食べましょう。
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ローストポークって生肉じゃないの?
ローストポークの断面はピンクや赤をしていますので、一見生焼けではないかと心配になってしまう人もいるでしょう。しかし、ローストポークの断面がピンクや赤に見えるのは、「ミオグロビン」というタンパク質の色であり、生焼けのためではありませんので、安心して食べて構いません。
そもそも生肉の色も動物によって違いますが、それは肉に含まれるミオグロビンの量の違いによります。牛肉はミオグロビンが多いのでより赤っぽく、鶏肉はミオグロビンが少ないのでより白っぽいのです。また、ミオグロビンは空気に晒されれば晒されれるほど酸化して変色していきますので、古い肉は新しい肉に比べて茶色っぽいという特徴もあります。
ミオグロビンは酸化の他にも加熱によって茶色く変色します。しかし、加熱によってミオグロビンが変色する温度は約80℃と高く、病原体や寄生虫が死滅する温度よりも高いため、ローストポークのミオグロビンが変色していない状態でも加熱の仕方や温度、時間をしっかり守っているなら安全に食べられます。
ローストポークに火が通ったかどうかは、以下の方法で確認しましょう。
- 竹串を刺す
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- 肉の一番厚い部分に竹串を刺し、肉汁の色を確認する(透明ならOK、赤いならまだ)
- オーブンから出した後も余熱で火が通るため、出した後はアルミホイルで肉を包んでおく
- 調理用温度計を使う
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- 肉の中心部分に温度計を刺して、65℃以上になっているか確認する
- 安全に食べられるのは75℃以上で1分以上の加熱とされるが、余熱で中の温度も上がるので、中心部が65℃になれば出してもOK
- 余熱で温度が上がる様子は、温度計を刺したままアルミホイルで肉を包んでおけばわかるのでより安心
おわりに:豚肉を生で食べると、病原体や寄生虫に感染することがある
生の豚肉には、E型肝炎ウイルスなどの病原体や寄生虫がついていることがあり、豚肉を生や生焼けで食べてしまうと感染症を発症する危険性があります。ですから、豚肉を食べるときは生や生焼けを避け、中心部までしっかり火を通しましょう。
中心部まで火が通ったかどうかは、竹串などを刺して透明な肉汁が出てくるかどうかや、真ん中から割って断面を確認することでわかります。また、調理法を煮込みなどに変えるのも良いでしょう。
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